神経症は『釣り』で治せ!!

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zoom RSS 大事件その1〜災難

<<   作成日時 : 2006/11/05 23:10   >>

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 入鹿池には迷いながらたどり着いて、ボート屋で「ブラック・ます?」という魚が今井で釣れるという情報を元に昼前に着きました。
 
 私はタイガー・カップ、弟はオリムピックのスプーンで釣り始めました。父は陸からワカサギを釣り始めました。

 まだ魚影が薄く、(今も薄いが、)当然ヒットの「ヒ」の字もありません。釣れないので場所をかえようと勾配の急な場所に移ったところで、弟が滑って落ちそうになりました。
 
 「フー!!危ない!もう帰ろう。」

 3人とも冷や汗をかいて、もう魚釣りどころではありませんでした。

意気消沈して1時間半ほどかけて帰ってきた3人を待ち構えていたもの、

・・・・消防車数台と消防署員、パトカーと警察、水浸しの家・・・・・・・・

それは、火事でした!!!!!!!
 

 当時、実家では2階の空き部屋を大学生に貸していました。
その大学生の1人の寝たばこで2階が全焼、1階が水浸しでした。

 しばらくは現実と思えず、3人とも立ち尽くしていましたが、母親がやってきて事情を説明しました。母も兄もいたのですが、気づいたときには手遅れだったようです。
 
 それから1週間位は大騒ぎでした。現場検証、近所へのお詫び、火事見舞いの訪問客etc・・。
当然家から焼き出されて近所の叔父さんの家に居候するしかありませんでした。

 「自分の気晴らしのために外出して、みんなをこんなめに・・・・・・。」
 「高校入試が目前なのに自宅におれない・・・・・・・・・・。」

 学校では校長先生が「○○君の家が火事で・・・・・・・・。」と朝礼で話をするので自分が惨めで、恥ずかしくて、本当にどこかに隠れてしまいたい気持ちでした。

・・・・・15歳の小心者にはあまりにも重い負担でした。  出火した本人は一言謝っただけで、代理人だと称するおじさんが出てきて非情なことを言ってのけました。その大学生は「学生」なので「ほとんど賠償できない。」と。

 追い討ちをかける事実として、当時、実家は満足な火災保険には入っていませんでした。

 それから何ヶ月か、父の怒号が飛び交う毎日でした。
 
 こんな事件があったので、もう、第一志望の公立高校を受験する気力など、これっぽっちもありません。
 
 でも、担任の先生が進路変更を許しません。父も「先生が言うんだから変えるな。」の一点張り。もともと第一志望校はギリギリの合格ラインでした。もう、家で勉強できないとかそういう問題を通り越して受験が怖くて、もっと言うと本当に、生きていくのがつらくてどうしようもありませんでした。

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